バミューダ諸島

バミューダ諸島バミューダは、北大西洋にあるイギリスの海外領土の島々である。バミューダ諸島とも呼ばれる。バミューダは、イギリスの海外領土の中でも、政治的・経済的な自立度が高く、むしろ、イギリス女王を国家元首とする独立国 (Commonwealth) に近い。

領名
正式名称は、Bermuda(英語: バミューダ、バーミューダ)。

日本語の表記は、バミューダ、または、バーミューダ。前に、イギリス領や英領を、後ろに諸島をつけることが多い。

歴史
1503年、スペインの探検家ファン・デ・ベルムデスはこの付近を探索中に偶然バミューダ諸島を発見した。スペインの海図に組み込まれるが、移住者のいないまま、長く無人島であった。1609年、イギリスから北アメリカのバージニア植民地へ向かうイギリス人入植者達を乗せた8隻の船がバミューダ沖で嵐に巻き込まれ、その中の1隻ジョージ・ソマーズ船長の率いる130人を乗せたシー・ベンチャー号が波にもまれて仲間の船とはぐれ、バミューダのリーフに難破した。乗員乗客は、やむをえずこの島に定住することとなった。しかし、暖かく豊かな島で気力を取り戻した乗員乗客達は島で木を切り、シー・ベンチャー号から計器を取り出し、デンバランス号とパティエンス号の2隻の船を造った。1610年、この2隻の船に分乗して、島を後に再びバージニアへ向かった。これを機に1612年、シー・ベンチャー号の船長だったジョージ・ソマーズを中心とした60人を始めとするイギリス人のバミューダ諸島への入植が始まった。1684年にロバート・ロビンソンが最初の総督となりバミューダ諸島は正式にイギリスの植民地となる。イギリスからアメリカとの距離が近いため、南北戦争や第二次世界大戦中はヨーロッパとアメリカを結ぶ中継地ともなっていた。ヴィクトリア朝時代に、北アメリカの避寒リゾート地としてこの島への観光旅行が盛んとなり、それ以来、観光業がこの島の経済を支えてきた。

1995年、イギリスからの独立の賛否を問う住民投票が行われ、独立は否決された。

政治
国家元首は、イギリス女王。総督が代行する。

首相は、議会で選出され、総督が任命する。

議会は、二院制。上院は、全11議席で、総督、首相、野党が指名。下院は、全36議席で、民選、任期5年。前回選挙は、2003年7月24日に行われ、進歩労働党 (PLP) が22議席、バミューダ統一党 (UBP) が14議席獲得した。

地方行政区分
9つの行政教区(村)に分かれる。ウォーウィック、サウスハンプトン、サンディ、スミス、セント・ジョージ、デボンジア、パゲット、ハミルトン、ペンブロク。

地方公共団体は、ハミルトン市とセント・ジョージ町の2つ。

地理

バミューダ諸島約150の珊瑚礁と岩礁からなる。最も大きい島は、中心に位置する面積約39Kuのバミューダ島。その周りにセント・ジョージ島、ソマーセット島、アイルランド島があり、他は非常に小さな島である。これらを総称して、バミューダ諸島とよぶ。

川や淡水湖はないが、降雨に恵まれている。

経済
通貨のバミューダ・ドルは、USドルと等価であり、両者間の為替レートは、1バミューダドル=1 USドルで固定されている。島内では、USドル紙幣で買い物をすることも可能である。ただし、お釣りはバミューダ・ドルで返ってくる。

タックス・ヘイヴンとして、米国内はもとより世界的に有名である。

交通
空港はセント・デビット島のキンドリー・フィールド国際空港である。

住民
住民の60%が黒人である。残りのほとんどが白人で、混血のムラートもいる。

公用語は英語、宗教はプロテスタントがほとんどで多種の宗派があり、カトリックもある。