ドミニカ共和国

ドミニカ共和国ドミニカ共和国(ドミニカきょうわこく)は、西インド諸島のイスパニョーラ島の東部にある国。 首都はサントドミンゴ。西部にあるハイチと国境を接する。ドミニカ島にあるドミニカ国と区別するため、共和国をつけて呼ばれる。

国名
正式名称はスペイン語で、Republica Dominicana。

公式な英語表記は、Dominican Republic。

日本語の表記は、ドミニカ共和国。

歴史
先住民アラワク族が居住しているイスパニョーラ島に1492年、クリストファー・コロンブスが来島した。1496年コロンブスの弟バルトロメ・コロンによってサント・ドミンゴが建設され、「新大陸」最初のスペイン植民地となった。先住民は金鉱山で酷使され、ほとんどと言っていいほど死んでしまった。サトウキビの栽培が開始されると、多数の黒人奴隷をアフリカから連れてきた。 1697年のライスワイク平和条約により、イスパニョーラ島の西側は現ハイチのフランス領サン=ドマング、東側の3分の2がスペイン領サント・ドミンゴ、現在のドミニカ共和国となった。

その後、1795年のバーゼルの和約の結果、全島はフランス領となるが、サン=ドマングはフランス革命の影響による内戦で1804年にハイチと改名し独立した。1814年、パリ条約で再び東側はスペイン領。1822年には再び隣国ハイチに占領される。1844年2月27日、ドゥアルテに率いられた革命軍がハイチ人を一掃して、ハイチより独立して共和国となり、ペドロ・サンタアナが初代大統領に就任。しかし、1861年に再度スペイン領になり、1865年に独立を再び果たすも1916年から1926年まではアメリカに軍事占領される。

1930年から1961年に暗殺されるまでラファエル・トルヒーヨ将軍が大統領になり独裁政権が続いた。1962年の30年ぶりの大統領選挙が行われ、ドミニカ革命党のフアン・ボッシュ・ガビノが大統領に就任。しかし、1965年には政府軍と反政府軍との間で内戦が起こり、アメリカの介入にまで発展し、国連の調停でガルシア・ゴドイ統一暫定政権が成立し内戦は終結した。1966年から1978年までキリスト教社会改革党のホアキン・バラゲールが大統領になり、1978年から1982年まではドミニカ革命家のアントニオ・グスマンが大統領。1982年から1986年にバラゲールが大統領に再選するまではサルバドール・ホルヘ・ブランコが大統領だった。1992年にはコロンブスのアメリカ大陸到達500年記念祝賀への反対運動が起きた。1994年の大統領選挙も「不正」をめぐって紛糾した。社会情勢は不安定である。