ハリケーン カトリーナ

ハリケーン カトリーナハリケーン・カトリーナ (Hurricane Katrina) は、2005年8月末にアメリカ合衆国南東部を襲った大型のハリケーンである。ハリケーンの強さを表すシンプソン・スケールで、最大時で最高のカテゴリー5、ルイジアナ州上陸時でカテゴリー3である。 時間は全てアメリカ合衆国・カナダ中部夏時間、(UTC-5)である。

ハリケーンの発生から消滅まで

エアフォースワンから見た崩落した橋(2005年8月31日撮影)2005年8月23日、バハマ南東で熱帯低気圧が発生。小アンティル諸島方面から西進してきた10番目の熱帯低気圧の残骸と合体し、12番目の熱帯低気圧となる。
8月24日朝、11番目の熱帯性暴風となり、「カトリーナ」と名付けられる(日本流に言うと「台風11号」に相当する)。
8月25日、ハリケーンとなりフロリダ半島に上陸。その後、いったんメキシコ湾に抜ける。フロリダでの死者7名。
8月28日、ブッシュ大統領はルイジアナ州に非常事態宣言、ニューオーリンズ市は48万人の市民に避難命令を発令。
8月29日、ルイジアナ州に再上陸。その後、勢力を落としながら北上。当初、死者は少なくとも55名と報道。
8月30日、ミシシッピ州の東部を通過中に熱帯性暴風になる。ニューオーリンズの8割が水没したとの報道。
8月31日、大統領が休暇を切り上げワシントンに戻る。カトリーナはカナダ南東部に達し、前線の一部となる。

ハリケーン通過後の動き

8月31日、水没したニューオリンズ市。エアフォースワンから撮影。9月2日、ルイジアナ州ニューオリンズに、州兵1,200人が到着。食料・水・医薬品等の救援物資も到着。ブッシュ大統領がルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州を視察。アメリカ議会では復旧対策費として105億ドルの緊急補正予算が成立。
9月3日、スーパードーム等の避難所に避難していた住民約2万人の周辺地域への脱出が完了。死者は数千人に上ると政府高官が認める。大統領は被災地に兵士7,200人の派遣を命令。
9月4日、犠牲者の遺体の捜索、収容が始まる。復旧作業中の作業員9人が銃撃され、警察は容疑者5人を射殺。ライス国務長官、ラムズフェルド国防長官が被災地を訪問。
9月5日、冠水したニューオリンズ市の排水作業が本格化。被害の軽い地域の住民が一時帰宅。大統領が被災地を再度訪問。災害救助にあたる米軍の数が5万人を超える。
9月7日、避難せずにニューオリンズ市内に残る約1万人の住人に対して、強制的に退去させると発表。
9月8日、被災地の復旧費用を盛り込んだ総額518億ドルの追加補正予算が成立。

被害

罹災直後

カトリーナで破壊された家カリブ海沿岸、米南部を中心に被害があり、フロリダ州などで死者が出たが、再上陸後のミシシッピ州、ルイジアナ州での被害が大きい。ミシシッピ州ではガルフポート、ビロクシといった湾岸都市、ルイジアナ州ではポンチャートレイン湖に面するニューオーリンズが壊滅的な被害を受けた。

ニューオーリンズでは湖及び工業水路の複数個所で堤防が決壊し、その結果、市内の陸上面積の8割が水没した。中でもアフリカ系アメリカ人が多く住むロウワー・ナインス・ワード、湖に面した高級住宅街レイクビューの各地区が特に大きな被害を被った。上陸前から避難命令が出ていたにもかかわらず、死者は防げず、確認された死者は9月1日段階で数百人を超えた。この中には避難命令を受けた老人ホームの職員が真っ先に逃げ出したために自力で避難できなかった高齢者も少なからず含まれている。またヒューマン・ライツ・ウオッチ(Human Rights Watch/世界第2の規模の人権NGO)の発表によれば、ニューオーリンズの刑務所で看守不在のまま受刑者600人以上が水や食料も与えられず4日間放置され、受刑者517人が行方不明になった。

罹災後、市の公共サービスは完全に麻痺し、市の完全封鎖を含む緊急事態宣言が出され、避難中の市民も他所に転出することが決まった。市内で最大の避難所ルイジアナ・スーパードームへの避難者はテキサス州アストロドームへ移転する。しかし行政が避難後の対応まで考慮してなかった影響で移転は全く進まず、しかも支援物資の不足により、高齢者などの衰弱死が相次いだ。たとえば避難命令の時点では、食料は避難者が持参するものとされていた。また、被災者名簿の作成が追いつかず新たな避難先に移転した際、家族と離れ離れになる被災者が続出している。市内の各地では廃墟のような街並みが広がり、遺体が水面を流れているという絶望的な光景が広がっている。

避難命令があったものの、移動手段をもたない低所得者が取り残され、市内の食料品店などで略奪行為が続発した他、放火と見られる火災も起きている。2日現在でも避難者の移転作業が続いているが、略奪等により作業が妨げられていると市警察当局は非難している。市内では他にもレイプ、救援車両・医薬品輸送車への狙撃なども行われており、市内は無法地帯と化しているとの情報も流れた。そのため、州兵が現地に派遣され治安維持に当たっており、被災者に銃を向けなければならない痛ましい事態となっている。

避難生活
約2万8,500人が避難しているヒューストンのアストロドーム球場では、感染性胃腸炎が集団発生するといった新たな被害が発生した。罹災から1週間以上が経過した7日までに感染症で150人が隔離された。また、テキサス州やミシシッピ州に移送された4人がビブリオ・バルニフィカスという細菌に感染し死亡した。

救援活動
救助活動は過酷で、任務にあたった警察官、州兵の中から、逃亡や自殺者が出た。

影響

原油価格の高騰
2004年より中国における需要増大などによって原油価格の上昇が続いてきたが、ハリケーン・カトリーナはさらなる原油価格の高騰の要因となった。7月末には1バレルあたり約60ドルだった原油価格は8月30日には一時70ドル超(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)を記録した。ガソリン小売価格も上昇は激しく全米的に高騰しているが、特にニューオーリンズからパイプラインで原油の供給を受けていたジョージア州アトランタでは消費者のガソリン不足の不安に便乗する業者も現れ、1ガロンあたり5ドルを超える高値で販売する小売店もあった。ちなみに1年前の2004年9月上旬におけるアトランタでの平均小売価格は1ガロンあたり1.6ドル程度である。

メキシコ湾沿岸はアメリカ合衆国の主要な油田地帯であるが、ハリケーンの接近で原油産出の中断を余儀なくされた。また、ハリケーンにより原油精製施設も被害を受け、閉鎖に追い込まれた。復旧には数ヶ月かかるという見通しもある。アメリカ政府エネルギー省は国内のガソリン価格上昇などを受けて、戦略備蓄石油を石油会社に貸し出すことを決定した。

国際エネルギー機関(IAE)は、日量200万バレルの緊急石油備蓄放出を決め、各国に協力を求めた。

日本においては、9月1日現在、ガソリン価格が1リットルあたり130円台(税込み)に上昇している。

航空会社への影響
航空機燃料の高騰の影響により、デルタ航空とノースウエスト航空が経営破たんした。

穀物市場への影響

カトリーナによって閉鎖された、ファーストフード店ウェンディーズニューオーリンズ近辺は、米国中部産穀物(小麦、大豆、トウモロコシ)の集散地である。罹災直後、シカゴ穀物先物市場では、国内余剰懸念により先物価格が低落傾向にあり、日本においては逆に、先物価格が上昇するという状況になるなど、日本国内の穀物価格の上昇及び物価への悪影響が懸念されたが、米国における復旧の進展、日本国内における備蓄調整等により影響は限定的なものにとどまった模様である。

就学への影響
ルイジアナ州を中心に、大学など多数の高等教育機関が被害を受け、復旧の見通しが立たないため、学生の受け入れを当面せず大学を閉鎖することを表明する学校が多数出た。学生の救済のために、カナダを含む北米の大学は、転学者の受け入れなどを表明している。多くの州立大学では、自州出身者であることを条件にしている。ほか、私立学校では姉妹校であることなどを条件にしている。移動費用などは大学側が負担するところが多いが、申し込み期限は9月上旬を指定するものが多い。

その他
9月7日に予定されていた米中首脳会談が延期された。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル関連施設が被災し、2006年3月に予定されていた打ち上げが延期となる可能性が出てきた。

救援活動
被災地では生存者の救出作業が優先されたため、遺体の収容作業が遅れており、今後疫病の発生が懸念されている。

また各地での災害への対応として、アメリカ国土安全保障省連邦緊急事態管理庁(FEMA)が対応にあたるほか、米上院では緊急支出を検討している。世界各国も支援を表明し、企業・個人などによる義援金の提供も増加している。日系企業なども協力している。

政府の対応

被災者への救援策
市の8割が冠水したニューオリンズ市民は、強制的に避難所や周辺地域での避難生活を余儀なくされる事となった。

具体的な支援策
2,000ドル相当の買い物ができるデビットカードを被災地域に住んでいた住民に対して、1家族あたり1枚、合計約32万枚支給した。

政府の対応への不満
政府の対応が遅れた事に対してブッシュ大統領自ら認めたが、大統領が休暇中のテキサスの牧場から声明を発表していたことなどもあって政府に対する非難は各方面から噴出した。Floyd (フロイド、1999年)では、300万人を避難させた連邦緊急事態管理庁(FEMA)であるが、元連邦緊急事態管理庁(FEMA)南部本部長は組織改編による指揮系統の不備と職員の士気低下を指摘している。被害の最もひどかったルイジアナ州では、州兵の3分の1をイラクに送り込んでいる。それにより州兵が不足し、救助活動や治安維持が遅れたのだとの非難がある。これに対し大統領は「被災地支援にもイラクにも、十分な兵士がいる」と反論した。また、被災した地域の住民の多くはアフリカン・アメリカンであり、人種差別や貧困といった問題が被害を大きくした要因でもある。そういった中、アフリカン・アメリカンに対する差別意識があるとする、政府を批判する発言が相次いだ。住民の不満を抑える意味も含め、ライス国務長官が出身地でもあるアラバマ州を訪問した。

9月7日のCNNの調査では、「ブッシュ大統領の対応をどう評価するか」という質問に対して、「悪い」と答えた人が42%で、「良い」と答えた人の35%を上回った。また、その後行われた各機関による世論調査では、ブッシュ政権の支持率が過去最低の40%前後となった。

また、被災後の対応は議員の間でも問題視され、超党派の上下両院合同委員会を設置して、連邦政府や地元自治体の対応の問題点を究明する事となった。さらに連邦緊急事態管理庁(FEMA)のブラウン局長に責任があるとして、解任すべきだという意見が高まり現地責任者からはずした。しかし、名目上は更迭ではなく「ワシントンで組織全体の指揮に戻す」としている。

主な不満の材料
被害が予め想定されていたにも関わらずの惨事であること
テロ対策費(50兆円)への予算の多大な集中

ボランティア

9月1日、スーパードームに救援物資を運ぶ州兵のトラック。米国海軍撮影。現地での直接の支援のほか、被災者のために、錯綜する報道やその他の経路からの情報を整理してインターネットで公開しようという動きがある。そのうちのひとつ、nola-intel.orgでは24時間体制で作業するため、日本やオーストラリアからもボランティアが参加している。サイトはメディアウィキを使っており、誰でも編集・参加が可能である。

また安否確認に、Freenodeでインターネット・リレー・チャットで専用チャンネルが設けられ、情報が交換されている。

この他、アマチュア無線家が通信手段の確保に貢献している。

各国からの支援
当初ブッシュ大統領はテレビ番組のインタビューで、米国は自分の面倒は自分でみられると述べていたが、その後20ヵ国以上の支援表明を受け、あらゆる支援を受け入れると表明した。9月8日現在では、95ヵ国(機関)が支援を表明しており、その総額は10億ドルに上る。米国は49ヵ国(機関)の支援を受け入れている。